りゅーかんの高専キャリア教育論

高専生の価値、高専生のキャリアについて議論するためのブログです。

高専卒業生としての誇りと、21世紀における高専のあり方についての不安

執筆年月日:2016年1月25日

 

東京高専物質工学科を2003年に卒業したりゅーかんです。このブログは、高専生のキャリアについて僕が得た情報を発信する場であるとともに、様々な立場の人達が考える高専生のキャリアのあり方について発信する場にしたいと思っています。

 

自己紹介

僕は1999年に東京高専物質工学科に入学し、卒業後は東工大に編入し生物学の研究者を目指したものの挫折し、2009年10月から社会人としてインターネットメディア業界で仕事をしています。現在は情報流通業界の大手企業で事業開発をしています。自他共に認める人格障害者ですが、無事に結婚し子供にも恵まれ、若者から「電車に乗っている疲れたおっさんにはなりたくない」と言われる側の人間になるべく順調な仕上がりを見せています。

高専に貢献したいと考えたきっかけ

7年も働いていると自分の人生観や考え方の癖が理解できるようになるものです。僕は「社交性が足りない」「間違っていることは正面突破で批判する」「やりたいことに対しては情熱的に取り組む」といった癖を持つ人間なのですが、たまに高専卒の人に会うと他人とは思えない親近感を感じることに気づきました(「あいつちょっとオカシイかも…。」と感じる人の高専出身率が高いこともこの頃発見しました)。同郷だから共感できるというだけではなく、高専出身の人間が持つ独特の感性や考え方にすごく共感できるんですね。

そんなことを考えている折に高専関係で活動する人達と出会う機会に恵まれたのですが、ある人に「高専出身の人って30歳になると高専が好きになるんですよね。」と言われてとても納得しました。そう言われてみると、僕自身30歳くらいまでは自分のことを「社会のマイノリティ」だとか「実力はあるはずなのに社交性で損をしている」と思うことが多かったのですが、今は「工学的思考能力に長けている」「バイタリティが高い」などの特性が強みだと思っていて、その原点が高専での経験にあると思っています。一般論的な意味で、そういった人材はどの業界のどんなポジションでも活躍する素養があるはずで、実際に僕の知り合いの高専出身者の多くも製造業や技術職とは縁のないところで活躍しています。

そこで、「高専生は優秀な技術者になる」という枠組みの外側に「高専の本当の価値」があるのではないかという切り口で考えを整理し、学生のキャリア選択に有益な情報を提供するための活動を始めようと思い立ちました。

高専生=技術者?

高専は、高度経済成長期に「若く優秀な技術者を製造業に輩出する」ために創設されたという経緯があります。従って、就職の基本的なパターンは「大手メーカー本社での技術職採用」となっていました。しかし、高専という制度が創設された1962年と現代では社会環境が大きく変化しており、「製造業における雇用者数の減少」「IT産業の拡大」「少子高齢化」「社会の高学歴化」「社会/経済の成熟」などの影響によりキャリアの選択は幅広くかつ流動的になっているように見えます。(高専生の進路の概要についてはこちらのp10などを参照)

もちろん、日本の製造業に対する高専の寄与は目覚ましいものがあり、「日本のエンジニアの13%は高専出身者」というデータもあったりします。従って、僕はそういったキャリアに対して何か文句を言いたいわけでは全くありません。ただ、高専の求職状況のデータを見ると、求人倍率は引き続き100%を超える安定した数字となっていはいますが、就職先が「本社一括採用」の時代から少なからず変化していることも事実です。(高専の推薦企業リストと実績は各高専のHPから見ることが出来ます。)

そして、進学や技術者以外の進路を選んだ人達の中にも立派に活躍している人材が沢山います。僕自身も製造業とも技術職とも縁のない人生を歩んでいますが、それでも「高専で学んだ何か」がいまの自分の実力の背景にあると思っています。 

高専生の本当の価値って何?

では、高専の価値とは何なのでしょうか?今僕が考えている高専教育の価値は2つあると思っています。

ひとつ目は、5年間の教育により育成される「工学的な思考回路」です。高専の教育は「答えを暗記する」よりも「プロセスも含めて全体を理解する」「結果に対して自分の考察を考える」ことに重きが置かれています。例えば、量子力学の試験で「水素分子のシュレーディンガー方程式を解け」という問題が出されるのですが、途中式も全て書く必要があり、レポート用紙裏表を使いきらないと回答にたどりつくことは出来ません。このレベルになると暗記するよりも途中式のロジックを理解した方が早くなるため、必然的に数学的な素養が高まっていきます。化学の実験でも、答えのわかりきった実験をした時でも自分なりの考察を求められ、それ自体に大きな意味は無いのですが、答えのない問題に取り組む実践的な仕事において振り返りの習慣がとても役に立っていたりします。

ふたつ目は、5年間自由な環境で実践を積み重ねることにより生まれる「実践性の高さ」です。高専は、部活やロボコンを含めた全ての課外活動で高い自主性が求められており、実行するための裁量や予算も得ることが出来ます。その結果、学生は自分で考えて自分で動き、結果に責任を持つという習慣が身に付きます。そういった体験を通して、「とりあえずやってみよっか」という活動的な姿勢が育まれるのだと僕は考えています。僕は文化祭の実行委員長をやったのですが、ひとつ上の先輩達は「花火やろっか」と思い立って予算を編成し、業者を探して本当に文化祭のフィナーレに花火をやっていました。そういった自由度の高い環境で15歳から5年間過ごすことが、一生ものの実践力のベースになっているのではないかと思います。

高専生の価値が十分に発揮されるキャリア教育をしたい

もちろん、5年間で学ぶ具体的な知識やスキルも大きな財産であることは言うまでもありませんし、それを活かして社会で活躍する人も沢山います。でも、社会に出た後で汎用的に通用する「考え方」や「姿勢」こそが、僕は高専(に限らず)教育が提供する根本的な価値なのではないかと考えています。特定の企業の特定の部署で40年間働くという前提条件が失われつつある現代社会においては特に、そういった根本的な価値を磨かなくては生き残れないのではないかとも思っています。

具体的な活動方針

これからやりたいことは大きく3つあります。

さまざまな先輩のキャリアを学生に伝えキャリアを考えるきっかけを提供する
学校教育に伴走する形で「キャリア教育」「実践的なモノづくり」の場を提供する
学生とって最適な企業やポジションを見つけ就職出来る場を提供する

いまは、母校の学生に30歳前後の友人を誘ってキャリア講演をしてみたり、学校や企業の課題やニーズを聞きながら具体的に何をしたらよいのか考える準備期間となっています。これらの活動を少しずつ育てていくことで、21世紀も引き続き「高専生はやっぱすごいね!」と言われ続けることに、少しでも貢献できたらいいなと願っています。

 

家族と子供を持つ親としては、この活動を通して、子供世代に受け継ぐ社会がすこしでも良い状態になればと思っています。